ミステリーマニアの方ならことさら説明不要な全編暗号で書かれた有名な小説集。
私事になるが、店主はこれが出版された当時大阪のとある工学系の大学に所属していた。学生運動の嵐が通りすぎたぬるま湯のような空気の中、食費を切り詰めては本を読みふけっていた。大半は安い文庫本だったが、安部公房と中井英夫の著作だけは、新刊が出るたびに少ない生活費を更に切り詰めて購入していた。中井英夫マニアとしては出版当時からこの本の存在を知ってはいたが、当時としては高額な4800円という高額で、まして理系ではあったがパズルマニアでもなくクロスワードパズルでさえ避けて通る身としては、”読めない本”は購入を躊躇せざる負えなかった(ちなみに、この本には「暗号の最初のページが解読できたら、解読した小説の作者の色紙をプレゼント」されるという特典がついていた)。
それから幾星霜、小金も出来た頃、値段も手ごろな軽装版を入手した。しかも内部に解答編付きで! だが解答編は糊で封印されている。読みたい! けど読めない! 古本屋となった身で、古書価を減じる封印を剥がすような行為が出来ようか。
そんなわけでこの本は、解答編の封印がとかれぬまま店の棚にひっそりと並んでいるのだ。
(注:この本は軽装版です)
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