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腐海のほとりに佇んで    藤下真潮
「りぼんの裔(すえ) 第1回 野口弓子の件」
初出:「漫画の手帖 67号」 2014年3月21日発行


 実のところ、この1行目を書いている時点においても本当に「野口弓子」で良いのか? と悩んでおりまする(オイオイ)。

 さて、話はいきなり余談から入る。1975年の晩夏、集英社から『りぼんデラックス』が創刊された。当時中学3年生だった私がナニを考えてこの『りぼんデラックス創刊号』を購入したのかは、実のところよく覚えていない。ちょうど掲載されていた一条ゆかり「デザイナー」の総集編が読みたかったのか、それとももっと単純に本誌『りぼん』を購入するのがあまりに恥ずかしいので、たんに増刊系に日和っただけなのか。まあ当時はまだ羞恥心をゴミに出していなかったから、たぶん後者かも知れない(でもいま考えてみれば増刊系だからといって、なにか言い訳が立ったわけでもなかろうに)。
 『りぼんデラックス』は季刊で、同じ集英社の『ぶ〜け』に引き継ぐ形で1978年春の号を最後に廃刊となるので、創刊からわずか3年、全11冊と割りかし短命の雑誌であった。この11冊の内のすべてを購読していたわけではない。某古書店のWeb目録の目次を見ながらつらつらと思い出すと、どうやら5,6冊というところのようだ。その購入した5,6冊の『りぼんデラックス』の中で特に印象深い号がある。1977年冬の号である。


 この号は、”アイビーまんが特集号”と銘打たれ、当時『りぼん』の看板作家だった陸奥A子、田渕由美子、太刀掛秀子、篠崎まこと4名の作品が再掲載されていた。ちょっとだけ余談の余談に走らせていただくと、この4名の各プロフィール頁には生年月日や顔写真はおろか身長、体重、B・W・Hまで掲載されているという個人情報保護も真っ青という恐ろしい話がある。まあそういう時代だったんですけどね。
 ちょっとだけ話し戻します(でもまだ余談だよ)。この号で特に気に入っていたのは、特集のマンガもそうだけど、 内田善美「銀河その星狩り」(当時こういう甘っちょろいファンタジーが大好きだった)や青木庸「首」(作者にしては珍しいシリアス・ミステリー)とか、奥友志津子「さすらい人たち」(今では流行らないSFマンガ)なんかの渋目の作品群であった。
 まあ『りぼんデラックス』は、本誌の鉄板どころの作家の再掲載作品、本誌ではちょっと掲載しにくくなった中堅作家の作品、そして新人の作品と、そういったバランスが良くとれている雑誌だった。
 あんまり余談にばかり走っているとさすがに文字数やばいので本題に戻そう。実はこの号に本題の野口弓子のデビュー作「幸せちっくな昼下り」が掲載されていたのだ。このデビュー作を当時読んだ感想は、絵はちょっとあれだけど、なんだか楽しそう…であった。
 絵に関しては当時の『りぼん』の水準からするとちょっと微妙だ。特徴的なのが瞳の描き方で、かなり個性的というか独特なくせのあるタッチである。なんと説明すればいいのかすごく悩むのだが、個性的なんだけど、同時に違和感も先に立つという瞳の描き方である。更にキャラの表情がすごく魅力的に見えたり、すごく違和感感じたりと、コマによってかなりマチマチで安定していない。
 ストーリーとしては当時少女マンガ界で全盛を誇った乙女チックラブロマンスの基本形であり、失礼ながらまあまあの出来という部類である。
 じゃあ駄目じゃないかと言われるとそうでもなくて、登場する各キャラクタの気持ちというか感情の動きがすごく素直に出ていた。ココらへんの感情描写のセンスが良いので感情移入しやすく、読後感もすごく爽やかに感じた。そういう意味では、実はかなり好感をもって読めてしまうという、まことに不思議な作品であった。
 ちなみにこのデビュー作に出てくるヒロインは、絵が大好きで身なりに構わず絵ばっかり描いてるというキャラクタ。恐らく作者自身が投影されているんじゃないだろうか。とにかく絵としてはイマイチだけど、絵やマンガを描くことが大好きだという想いだけは作品からヒシヒシと伝わって来た。

 その後、野口弓子の作品は『りぼんデラックス』や『りぼん大増刊』辺りで何作か読切を見かけていた。クセのある絵柄は相変わらずそのままで、その独特さゆえにやたらと目立って気になるが、かといって作画の粗が気になってすんなりのめり込むことも出来ない。そんな中途半端な印象をずっと引きずっていた。

 この手の妙に気になるマンガというのは、長くマンガ読みやっていると時折出てくる。商業誌ではそんなに無いが、同人誌なんかだと結構ある。どう考えてもあまりうまいマンガじゃないのに何故か気になって気になって即売会行くたびに買ってしまうサークルとか、1作品だけやたらと面白かったので、つい期待して毎回買い続けるサークルとか(ヤレヤレ)。

 まあ野口弓子に関しては、大学卒業して『りぼん』関係読まなくなったので、その後のことは関知していなかった。マンガ読みは続けていたけれど、引っかかることもなかったし、古書店を始めてからも作品に関してついぞ見かけたことがなかった。そんなわけで野口弓子というマンガ家は、デビューして3,4年地味に活躍したあとは、単行本も出さずに消えていったんだろうなぁという勝手な認識を持っていた。
 ところが2年ほど前のことである。店で仕入れた雑誌の束に1冊だけ光文社の『プリティ』(コミックバル増刊)というA5判型の雑誌が混ざっていた。この雑誌になんと久しぶりの野口弓子作品を見つけてしまったのである。1989年1月10日号掲載の「Switch off」という読みきり作品で、原作は当時新進気鋭の花井愛子。ストーリーに関しては原作付きなのでノーコメントなんだけど、絵柄に関しては昔以上にクセが強くなっていた(う〜ん)。そして相変わらず絵がちょっと雑(う〜ん)。

 今回この原稿を書くにあたって、再度その『プリティ』を腐海から引っ張りだして読み返していた。その際にふとコミックスの広告欄を眺めていたら、なんてこったい野口弓子のコミックスの広告があるじゃないか! あわててアマゾンを検索したのが、なんとこの原稿の締め切り3日前(笑)。本来送料無料のところを別料金払って特急で送ってもらったが、休日を挟んでいたためコミックスが到着したのは原稿締め切りの前日(汗)。オレもずいぶん綱渡りで原稿書いてるなぁ。
 そうやって無理して入手したコミックスが、この『らせん階段登って』作画:野口弓子、原作:花井愛子。レーベルは光文社バルシリーズ(長いことマンガ専門やってるけど初めて知ったぞ、このレーベル)で1989年9月発行。


 内容をものすごく単純化して説明すると、ハウスマヌカン(もはや死語)の業界ステップアップ物。絵柄に関しては前述の「Switch off」と年代も近いのでほぼ同じ。ストーリー的には、バブル当時のレディスコミックならこんなもんだろうなぁという感じ。無理して高い送料払って買うほどのものじゃなかったよ(ウナダレ)。

 毎度恒例の腐海の発掘作業をしていたら、こんなものが出てきた。『りぼん』1976年10月号掲載の第84回りぼん漫画スクールである。ここで野口弓子の「こぼれた心の贈り物」という作品が佳作入賞している。ちなみにこの時の作品の獲得点数は、絵6点、ストーリー7点、センス7点の合計20点(30点満点)であった。
 採点者の評価欄には、こう記されていた。”絵に個性があり、独特のムードを感じさせる。しかし顔が一定していず、いい表情がある反面、魅力のない死んだ表情も多い。とくに、アップの時の瞳のかき方に工夫を…”。
 う〜ん、投稿時の評価者の指摘をそのままずっと引きずっていたんだなぁ。

 ちょっとネットで調べてみたところ、野口弓子は今でも単行本のイラスト仕事なんかをしながら、都内で旦那さんと一緒に子供向けのアトリエ教室を開いているようである。デビュー作のヒロインのように、本当に芯から絵を描くことが好きだったんでしょうね。マンガ家としては大成しなかった様だけど、きっとこんな人生も悪くないよなぁ。

 今のところ把握している野口弓子作品リストつけときます。最後に一言、”どうか今回の原稿が野口弓子様のお目に触れないように(祈)”。次回は”前田由美子の件”の予定です。

集英社りぼんデラックス
・1977年冬の号 「幸せちっくな昼下り」デビュー作
・1977年春の号 「星降る窓辺の王子さま」
・1977年夏の号 「泉さんの口ぐせ」 
集英社りぼん大増刊
・1977年10月大増刊号 「コスモス畑のまん中で」
・1978年1月号 「やさしい笑顔にうつむいて」 
・1978年夏休み大増刊 「こぼれた心の贈り物」
・1978年10月号 「スイート・ハニー香れば…」 
・1979年お正月大増刊 「ほづみちゃんのときめきレポート」
・1979年5月大増刊 「迷子のハートをみつけたの」
・1979年11月大増刊 「真昼のクリスタル・ドリーム」
・1980年9月大増刊 「たったひとつの予感」
集英社りぼんオリジナル
・1982年初夏の号 「ローリング・ストーンズの息子たち」
・1983年夏の号 「そっとジェラシー」
・1984年春の号 「そんな季節・・・」
光文社Comic VAL(女性自身増刊)
1986年11月号〜6回連載 「らせん階段を登って」原作:花井愛子
光文社プリティ(Comic VAL増刊)
1989年1月10日 「Switch off」原作:花井愛子


 

 

 あとがき:”どうか今回の原稿が野口弓子様のお目に触れないように(祈)”だったらネットにアップするなよ (;´Д`)

 ちなみに野口弓子に関して復刊ドットコム絡みの面白い話があるので、それに関してはいずれまた書きます(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

東京都公安委員会許可第301020205392号 書籍商 代表者:藤下真潮