図1
話はいきなり脱線する。(またかい!)
1972年、ゼロックスのPARC(パロアルト研究所)に所属していたコンピュータ科学者アラン・ケイは、「あらゆる年齢の子供たちのためのパーソナルコンピュータ」と題された論文(note)を発表した。その論文においてアラン・ケイは、世界で初めて”パーソナルコンピュータ”という用語を使用し、さらに子供にでも扱える理想のパーソナルコンピュータとして”ダイナブック(DynaBook)という端末を提唱した。いまではダイナブックといえば、東芝のノートパソコンを思い浮かべる人が大半であるが、本来は、低価格で小型軽量で簡単に持ち運びでき、既存メディア(テキスト、音声、静止画、動画等)を自由に閲覧加工し、子供でさえ直感的にプログラミングが可能な理想のパーソナルコンピュータ。それがダイナブックと呼ばれるものだった。
その論文を店主は1980年前後の「月刊アスキー」で読んだ(筈である。掲載自体はちょっと未確認)。お陰様でこれ以降やたらとモバイルコンピュータを偏愛するようにトチ狂ってしまったのだが、まあその話はかなり余談になるので割愛します。
とにかくそれから40数年たった2013年現在のコンピュータ技術にあっても、その理想のパーソナルコンピュータをソフトウェア機能(特にOS部分)において実現出来てはいないのだけど、単純にハードウェア性能と提供アプリケーションのみに着目すれば、すでにダイナブックに近い、部分的にはそれを超えた端末が出現し始めている。
ちなみに前出の論文中でアラン・ケイの思い描いたダイナブックのスペック(ハード限定)は次のようなものである。
・大きさ 9インチ(約22cm)×12インチ(約30cm)、A4サイズ程度 厚さ3分の2インチ(約1.7cm)
・重さ 4ポンド(約1.8kg)未満
・ディスプレイ 1インチあたり100ピクセル以上の解像度。最低でも全体で1024?1024ピクセルが表示可能な液晶
・キーボード なるべく薄く可能であればディスプレイ上にキートップを表示するソフトウェアキーボード方式
・記憶メディア 取り外し可能で1Mバイト以上の記憶容量
・通信 300kbps以上の帯域で広域ネットワークに接続でき、かつ電力の供給も同時に可能なケーブル方式
・価格 デバイスの寿命が最低40ヶ月と仮定して300ドル程度。ただしデバイスは配布され、コンテンツの方が販売されるべきであるとした。
図2
では現在のパーソナルコンピュータ(タブレットPC)のスペックがどのようなものか。一例として2012年11月に発売されたアップル社の第4世代iPadの仕様を挙げてみる。
・大きさ 18.5×24cm 厚さ0.94cm
・重さ 0.65kg
・ディスプレイ 1インチ辺り264ピクセル 2048×1536ピクセル
・キーボード ソフトウェアキーボード方式
・記憶メディア 取り外し可能な記憶メディアは無し ただし内部に16GB以上、回線経由で5GBの記憶領域あり
・通信 数百Kbps〜数十Mbps
・価格 4万円〜
値段以外は、既にダイナブックを遙かに凌駕している。値段についても1972年当時の300ドルの価値観を考えれば、十分低価格だと思われる。
長々と本誌の趣旨とそぐわない前フリを書いてしまったが、要するにソフトウェア(OS)はともかくとして、ハードウェア的には理想に近いパーソナルコンピュータ(タブレットPC)が現在入手可能だよ。しかもそれは電子書籍リーダとしても結構使えるよ。ということが言いたかったのである。
2010年1月にiPadが発表された際には、”電子書籍の黒船が来る”的な喧伝がマスコミで盛んにされたが、少なくて日本においてはたいした電子書籍の普及は進行しなかった。まあ、理由はいろいろあったと思う。読者からすれば、紙の書籍が十分に流通していているのに、わざわざ高い端末買ってまで読む理由がない等々。出版社からすれば、今まで築き上げた権益構造をわざわざ崩したくない等々。
しかしそれから3年。徐々にではあるが、日本においても電子書籍の機運が盛り上がってきた。そんなわけで、ここで一発現在の電子書籍を取り巻く状況を解説したいと思う。
現行の書籍において、書籍そのものと出版流通が切っても切れない関係にあるのと同様に、電子書籍もまた電子書籍そのものと電子書籍の出版流通の両方を論じる必要があります。だけどさすがにこれは2ページではちょっと収まらない(毎度毎度余計なこと書くしな)。
なので、とりあえずは電子書籍そのものに関して先ずは語ります。さあ、そろそろ本題だぞ(笑)。
まず単に電子書籍といっても、実のところ何をさして電子書籍というのかの定義が難しい。現行の書籍なら紙に文字が印刷されていて綴られていれば、内容やジャンルやサイズはともかく、長い歴史がある分皆さん周知されているので共通の認識にほぼ問題は無いです。
しかし電子書籍の場合は端末(PCだったりタブレットだったり)とコンテンツ(電子書籍データ)が全く別々に存在するので、まずこのあたりがややこしい。なので電子書籍端末(ハードウェア)と電子書籍データ(コンテンツ)とわけて説明します。それからこれ以降”電子書籍”という言葉はコンテンツ(電子書籍データ)の意味で書きます。ハードウェアは電子書籍端末と書きます。さらに注意点としては日進月歩の業界なので半年もすれば状況はガラガラと変わりますので、書いているのはあくまでも2013年初頭の状況だと考えてください。さらにさらに注意点として本誌の特性上扱う電子書籍の内容は、漫画に偏重しています。特に断りがない限り当コラムの電子書籍の内容は漫画だと思ってください。
さあ、ようやく本題だ(やれやれ)
実のところ流行りのタブレットとか使わなくてもほとんどの電子書籍は既存のパソコンで(WindowsでもMacでも)読むことが可能です。一部の例外もありますが、現状はほぼ読めます。しかしまあ今回はパソコンの話は割愛し、携帯できる電子書籍端末のみで話を進めます。
・OS
まず最初にOSというか販売会社の違いがあります。大別するとアップルのiOS(iPad)系かグーグルやアマゾンのAndroidの2極になります。最近になってマイクロソフトのWindowsRTというものも出てきましたが、現時点で未評価なので割愛します。
これに関してはハッキリ言ってどちらでも良いです。自分の趣味にあわせて好きな方を選んでください。流通している電子書籍に違いはあるかもしれませんが、これに関しても現状具体的にどうのこうのを議論できる状況ではありません。
・ディスプレイ
電子書籍端末において一番重要になるのはディスプレイです。まず現在の電子書籍用(専用かどうかは問わない)端末の表示デバイスには方式的に大別して2種類あります。
ひとつは液晶方式。サイズが違うだけで液晶テレビやパソコン用液晶ディスプレイと同じものです。歴史的にも長いので十分な表示品質が得られますし、現在最も一般的なものです。
もう一つは電子ペーパー方式と呼ばれるものです。液晶のように発光を必要とするデバイスではなく、白黒にわかれた微小な球体を電気的に動かすことによって画素をコントロールする方式です。液晶と比較して、長所としては徹底的な省電力性です。画素の書き換えには電力が必要ですが、表示が固定化されている分には電力を全く使用しません。ただし実用化の歴史としてはまだ浅いもので、カラー化、大画面化、高精細化という点で現状は液晶方式に劣ります。また動画のような画像変化の速いものにも向きません。2013年初頭現在アマゾンのキンドル・ペーパーホワイト、楽天コボ・グロー、ソニー・リーダーなどに採用されています。どちらも画面サイズは6インチ程度、表示画素は約1024×768ピクセル程度です。
どちらが電子書籍に向くかといえば、表示品質(解像度やカラーの問題)など点から、現時点では液晶方式に軍配が上がります。これは漫画用としての評価で、文章系の電子書籍ならば若干電子ペーパーの有利度は上がります。でもまあ文字系電子書籍については、ここでは論じないお約束なので無視します。
次にディスプレイの縦横比。これも文章系電子書籍の場合ならば、どちらでもあまり大きな問題にならないのですが漫画の話になると結構重要です。ディスプレイの縦横比は現状2種類あります。昔のテレビの縦横比4対3と現在のテレビの縦横比16対9の2種類です。アンドロイド系は表示デバイスの調達コストの問題から若干16対9を採用しているメーカーが多めですが、iPadの場合は4対3の一種類になります。比率の基準が違うと比較しにくいので長辺を10とした場合の比率表記で考えます。4対3が10対7.5となり、16対9が10対5.6となります。
ではマンガのページの縦横比がどうなっているか。漫画用原稿用紙内枠(270×180mm)換算ですと10対6.6。仕上がり線(断ち切り)(310×220mm)換算だと10対7.1。
数字ばかりでややこしいですが、要するに4対3画面だと幅方向が余り、16対9だと縦方向が余る計算になります。所詮ぴったり表示のサイズは無いので、現状はどちらを選んでも問題は少ないです(重要とか言ったくせに)。ただし見開き表示を重視する人は、4対3画面のほうが余白が少なくなりフィット感増しますのでお勧めです。
次に表示における解像度(ピクセル数)。代表的な解像度を挙げます。800×480、800×600、1024×600、1024×768、1280×800、1920×1080、2048×1536、2560×1600ピクセルとかなり色々ありますが、漫画用と考えた場合最低短辺が600ピクセル、出来れば768ピクセル以上が望ましいです。ピクセルが少ないと1ページ全体を表示させた場合、吹き出しのネーム(写植)が潰れて読みにくいケースが経験上しばしばあります。ピクセルが多いに越したことはないのですが、あまり多すぎても元々のデータのピクセル数が少ないケースもあるので、大きければ必ずしも繊細に見えるわけではないですし、何より端末の値段が高くなります。ココらへんは財布と相談です。ただしマンガの見開き表示をしたい方は、1024×768ピクセル以上は必須だと考えてください。このくらいの解像度がないと見開き表示では文字が潰れます。もっとも文字が潰れるかどうかは元々の原稿の文字サイズに依存します。文章系の電子書籍であれば文字サイズの変更が可能なことが多いので問題は少ないのですが、マンガの場合は文字も画像に置き換えられているので解像度の問題は重要です。
最後に画面サイズ。実はこれが一番重要。一番重要だけど、どのサイズが良いのかは人によって違います。
まず貴方が電子書籍を外に持ち歩かずに室内だけで読むならば画面サイズは8インチ以上の大きいものをお薦めします。やっぱり画面が大きければ格段に読みやすくなります。持ち歩くことを前提の人は8インチ以下をおすすめします。何故かといえば、最初のうちは面白がって持ち歩いても、結構かさばるので結局いつの間にか持ち歩かなくなります。さらに満員電車の通勤で吊革につかまって本を読みたい人には6インチ程度を薦めます。
それから画面サイズは視力とも絡みます。近視の方は問題ありませんが、遠視(老眼)のひとはなるべく大きな画面を薦めます。さもなきゃ老眼鏡必携で頑張ってください。
先ほどから画面サイズをインチで表記しているので、実際の大きさがわかりにくいかもしれません。本の大きさと比較してみましょう。代表的なアンドロイド・タブレットであるグーグルのNexus7は、画面サイズが7インチ(16対9)です。これの縦横寸法は15cm×9.5程度です。これは文庫本の15×10.5cm程度とほぼ同じサイズです。
もう一つ代表的なタブレットとしてiPadがあります。こちらは9.7インチ(4対3)で、縦横寸法が19.7×14.7cm程度です。これはA5サイズ(今貴方が手にしている「漫画の手帖」のサイズ)の21×14.8とほぼ同じサイズです。ちなみに文庫本を見開きにするとちょうどA5サイズと似たような寸法になります。インチ表記がピンと来ない人は、実際の本のサイズと比較して検討すると分かりやすいです。
・重さ
重さは持ち歩く場合に特に重要です。室内使用前提ならばそれほど気にする必要はありません。
画面サイズが10インチ前後の端末で500〜700g程度、7インチ前後の端末で300〜400g程度、6インチ電子ペーパーの端末で200g程度です。
なんだ重くても700g程度かと思うかもしれませんが、片手で700gをずっと持ち続けるのは余程の力持ち以外は無理です。せいぜい頑張って400g程度が限界。満員電車の中でつり革につかまりながら片手で端末を顔の前にホールドし続けるなら200g程度がベストです。
・バッテリー
バッテリーも重要な問題だけど、現在ある程度の知名度のあるメーカー製の端末は、ほぼ1日中使っても(連続使用10時間程度)バッテリーは保ちます。というわけで実使用に問題はなく、詳細は割愛します。
長々とハード的な話が続いてすみません。字数も足りないので超簡単にまとめます。あなたが電子書籍端末を室内だけで使用するのならば、iPad等の10インチ系の端末がお勧め。外に持ち歩きたいならば、Nexus7等の7インチ系端末がお薦め。たとえ満員電車の中でも電子書籍を読みたいなら、楽天コボ・グロー等の電子ペーパー系の端末を薦めます。(随分と簡単にまとめちゃいました)
店主は古本屋をやる前はコンピュータエンジニアだったので、この手の話をすると止まりません。前ふりだけでなく本文も「漫画の手帖」向きとは思えないような文章になっちゃった。しかも電子書籍を取り巻く状況を解説云々と言っておきながら、単に電子書籍端末(ハードウェア)の話だけで終わってしまいました。。
というわけで電子書籍データの各種形式とか電子書籍の販売を取り巻く環境などの話は、次回に続きます。
それでは次回「神保町古書店主は電子書籍の夢をみるか?」をお楽しみに。
引用(図も含む):
the Proceedings of the ACM National Conference, Boston Aug. 1972
A Personal Computer for Children of All Ages
Alan C. Kay
Xerox Palo Alto Research Center
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